1日目
朝4時に東京を出発。まず目指すは上高地…カーナビにセット!
そして指し示されたルートは中山道!
…おかしいな、私は甲州街道を想定していたのに…。とはいえロクに地図も持っていない私なので素直に従いますが。
しかしそれは失敗だったと痛感することになるのです。詳しい人なら分かるでしょうけども。
そう…ずっと渋滞してるんです。4時なんて早朝に入らないぜ!っていう玄人の声が聞こえるようです…。
途中もうすぐ県境の山越えだってところで、カーナビが突然左折を指示しました。
その時バイパスを走行しており、曲がる気のなかった私はそれなりのスピードを出していたので結構慌てました…。
これまさか旧中山道に向かってるんじゃ…と思いながらもカーナビに従う私。
結果的に旧中山道に行くことはなく、というかこのルートこそが現中山道らしいです。
とはいえバイパスをそのまま行った方がいいのでしょうけども…。
途中発見したこの橋。車が結構停まってたので私も気になって見に来てみました。
おーと思いながらも急いでいたので軽く見て終了。そこに看板がありますがスルー。
というか大体の予想は付いていたのでw
ここにはかつて信越本線が通っていたのですが、新幹線開業と同時に廃線となりました。
篠ノ井〜軽井沢までは第三セクター化されましたが、碓氷峠を跨ぐ軽井沢〜横井は廃線になったようです。
この橋はその名残でしょうね。今もこの橋にレールくらいは残ってるのかな?
ちなみに横井〜高崎は今もJRが経営していますので、信越本線は2分割されているという。
しかも北陸新幹線が開業すれば長野〜直江津も第三セクター化されるので、もしかしたら信越本線は3分割されるかもしれませんね。
どうなるか分かりませんけども、面白い感じですねw(2011年末現在)
ふと道路脇の谷底を見ると看板が落ちてました。
なるほどあれはめがね橋というのか、よくある名前…ってか直さないのwww
上高地
予定より大分遅れましたが昼過ぎに沢渡へ到着。ここからはマイカー規制されているのでバスに乗ります。
しかしいい感じに秋めいてますね!針葉樹が少ないのはいいですねぇ。
バスからの景色です。段々と雰囲気が変わってきました…ってかなんか山が禿げてきた(´д`;)
枯れた川?や、多分雪解けの時にのみ現れる川なんでしょう。
こういうのが各所に見受けられました。
いやぁ混んでます。今乗ってきたバスも満員で、私は後から乗ったので補助席でした。
補助席なのになんで車窓の写真が撮れたのか分かりません。思い出せません。
ともあれ早速歩きましょう。日も暮れちゃいますし。
これはこれで趣がありますが、なんだか隙間が多いですねぇ。やはり時期が遅かったかな。それともそういう樹?
水は澄んでて綺麗です…が、水辺の木は大体がこんな感じです。
これって枯れてる…んですよね?落葉ってレベルじゃないですよねw
まぁマングローブとかじゃないんだから、水の上には育たないんでしょう。
いずれにせよ、私はあんまり好きじゃないなぁ…荒廃してるようで。
穂高神社奥宮へ到着です。ここまで右岸をゆっくり歩いてきて1時間強かかりました。
奥宮には小さなお社があるくらいです。信仰対象である立派な山が目の前にあるのですから十分でしょうw
御祭神は穂高見神、海神の御子神です。
山なのに海神?と思われるでしょうが、その昔、海神を祀っていた安曇氏が信濃へ移り住んだことが始まりです。
安曇氏は北九州に勢力を持っていた氏族で、大陸との交流を行っていたわけです。だから海神なんですね。
奥宮の御神域である明神池です。一之池と二之池(繋がってます)がありますが、昔は三之池もあったそうです。
土砂崩れによって出来た池だそうですが…いつできたんですかね?
ところどころで波紋が立っていました。水が沸いてるんでしょうか。
番の鴨がいました。可愛かった!
池の水の流出部分です(多分)。立ち入り禁止部分ギリギリまで行ったらありました。
今も行けるかは分かりませんけどね…w
どんどん水が流れてますね、それなりの量があるようでした。
穂高神社奥宮の前にある明神橋を渡ります。帰りは左岸で帰ってきました。
順番がアレですが、上高地の入り口にある河童橋です。
芥川龍之介がこの近辺を題材に小説「河童」を書いたことで、上高地が有名になりました。
…「河童」を書いたこともありますが、小説発表後に自殺したことも大きいでしょうけどね。
ちなみに河童橋という名前はいつ付けられたのか分からないそうです。
小説「河童」が発表されたことに因んで命名されたとも…って昭和のことなのに分からないとかw
河童橋の上から上流方向を撮影。短い橋ですが結構揺れますw
いい景色です…これで晴れてたら最高だったんですけどねー。
河童橋の上から下流方向を撮影。中央に映っているのが焼岳です。
活火山であり、近年も大噴火を起こしています。大正時代に噴火した際、梓川が堰き止められ大正池が出来たのは有名ですね。
今までの写真を見ても分かるとおり、この辺りの水は透明ですが、焼岳より下は硫黄によって黄色っぽくなっています。
焼岳は別名硫黄岳とも言うそうです。
ビジターセンターの横にある、2代前の河童橋の欄干です。
現在の橋は6代目か7代目かで意見が分かれているそうなので…4代目か5代目の欄干ってことでしょうか?
詳しくはビジターセンターの中にあるパソコンで見れるそうですが…スルーしちゃいました(つ∀`)
日没も近いのでこれにて終了。帰りのバスの車窓から撮った(多分)大正池です。
時間があればこの辺りも歩いてみたかったんですけどねぇ…w
その後、茅野市へ移動しネカフェで一泊!